たけしの忙中閑話

パイプのけむり

以前、上記と同じタイトルのエッセイがあった。しかし、今日の話はそうではない。本当のパイプの話である。実は自分は煙草が大好きである。「煙モノ」全般が好きと言ってよい。紙巻煙草はもちろん、パイプもやるし、時には葉巻もやる。分類すればかなりの「ヘビー・スモーカー」ということになるだろう。こんなことを白状すると今時、えらく「煙たがれる」、いや、嫌煙ならぬ敬遠されるかもしれないが、実際、そうなのだから正直に白状しておく。

不思議なことに、人からは「岩屋氏は煙草を吸わない」と思われているのか、何回、人前で煙草を吸っても「あれ、煙草吸うんですか?」とそのたびに驚いて訊かれる。なんとなく煙草を吸うような感じに見えないせいだろうと思うのだが、質問者の意図はもしかするとそうではなく、実のところは「貴方、いまどきまだ煙草なんて吸ってんの!?」とやんわりと非難をしているのかもしれない。

小生、実は○○才の時から吸い始めている(ヘヘ)。そして今日までやめたことがない。さらに今後についても今のところ、やめるつもりもない。煙草は既に生活のリズムに組み込まれているし、目の回るような毎日の中でのささやかな楽しみでもある。ちなみに「快便」は健康の重要なバロメーターのひとつだが、小生の場合、毎朝、起きてすぐの「水」と「コーヒー」と「煙草」がなければ、到底、「快便」というわけにはいかぬ。これひとつとってみても健康上(?)、決してゆるがせにはできない(笑)。

さらに政治的に言い訳を言えば、「小生、煙草耕作組合からも煙草販売組合からも有り難い推薦を頂戴している。この皆さん方の日頃のご努力を思うと、やめたくてもやめるわけにはいかない。」 あるいは「煙草税は地方にとって貴重な財源となっている。国鉄OBの年金も煙草税で支えている。国会議員たるもの、命を削ってでも納税に努めるべきで、そういう意味からもやめるわけにはいかない。ちなみに小生は毎晩、酒税もしっかり納めている。」ということになる。。。やっぱりちょっと無理があるか。ハハハ

最近は国会議員でも吸わない人のほうが多い。年々、喫煙議員は減ってきていて、したがって毎年の税制論議の時には「煙草税を上げろ!」という大合唱に愛煙議員連中は肩身の狭い思いをしながらせいいっぱいの反論をすることになる。海外視察となるとひどい目にあう。ヨーロッパなどに行くと行きと帰りの飛行機の中はまさしく「地獄」だし、アメリカに行くと地域によっては酒を飲む場所でも禁煙を強いられる。クリントン大統領の時からホワイトハウスも全館禁煙になったそうな。ああ、総理大臣になってホワイトハウスでの日米首脳会談になったらどうしよう。。。ま、これは杞憂に終わるか。再ハハハ。

そう言えば、ついこのあいだ、仲のよい議員の一人が禁煙宣言をした。それを聞いたとき、「駄目だな。命が惜しくて政治家なんかつとまるか!なんで君はそんなに意志が弱いのかっ!」と口をすっぱく非難をしたのだが(笑)、その後、彼の様子を注意深く観察していると、案の定みるみる太ってきてお腹が突き出してきている。「だから言っただろう。そういう不健康なことをするからいけないのだ。煙草と上手につきあっていれば決してそんなことにはならないのだ。ハハハ」と言ってやったばかりである。

煙草についてはいろんな想い出がある。いつとは言わぬがとある学生時代、祖母が下宿にやってきて小生の机を掃除してくれた。その時、引出しの中にあった缶コーヒーの空き缶に煙草の吸殻がいっぱいに詰まっているのを発見され、こっぴどく怒られたことがあった。ばあちゃんの前で神妙にしていると、「たけし!こんな小せぇ灰皿じゃあ、危ないやないか。ばあちゃんが大きいのを買うてきたぞ」とおよそ小さなバケツほどもあるような灰皿を出されて目をシロクロさせたことがあった。お袋ではこうはいかない。やはり、ばあちゃんは偉大である。

小生の祖父や父も愛煙家であった。このあいだ、家を建て替えていると書いたが、その古い家を解体する時に祖父や父の愛用していた「パイプ」を発見したのは実に嬉しいことだった。父のパイプ姿は記憶にあるが、祖父も愛好者であったとは知らなかった。出てきた古いパイプを触ってみるとそれぞれ、祖父や父の手垢にまみれていてぬくもりが伝わってくるような気がした。くわえてみると爺さんや親父と会話しているような気分になる。家内が捨てようとしていたのを思いとどまらせ、「家宝」というわけにはいかぬが、自分の「愛蔵品」として大事に保管することにしたところである。

パイプというのは男の「おもちゃ」としては実にすぐれものである。最初に道具を揃えなければならないが、その買い物がまた楽しいのである。パイプといってもピンからキリまでいろいろある。高いものは目が飛び出るようないわゆる「作家モノ」もあるが、リーズナブルなものは手軽に手に入る。マッカーサーが愛用していたコーンパイプならば、3000円もあれば十分だろう。材質や形状、太さも様々なタイプがあって、慣れてくるといろんなものが欲しくなる。専用の灰皿もあるし、お掃除用のクリーナーや、タンバーと言われる灰を押さえるための小道具にもいろんな種類がある。そうやってだんだんと揃えていくのが楽しいのである。

さらにパイプの効用を説けば、少なくとも紙巻よりは健康によい(笑)。なぜならば紙巻煙草のようにパイプの煙は肺まで吸い込まないからである。要は煙をくゆらして楽しむ。葉っぱにはいろんな種類があるが、どれも豊かで芳醇な香りをたたえており、誰に聞いても紙巻煙草に比べれば数段と周りの人にとっても臭いがよい。「煙草の臭いは嫌いだが、パイプだけは別」という人も少なくない。しかもその葉っぱの値段たるや紙巻煙草よりはるかに安くて経済的でもある。煙草代がかかって仕方がないという人にはぜひパイプ党への「転向」をお奨めする次第である。

しかし、問題もある。パイプは、いつでもどこでも吸えるものかというと決してそうではない。基本的にくわえたままでないとすぐに火が消えてしまうからだ。しかも、葉っぱの分量の調節はきくものの、一度火をつけると少なくとも30分以上は持続するので、人と話し込むような時には向かない。むしろ、一人で静かに本を読んだり、書き物をしたり、物思いに(?)ふけったり、人によってはプラモデルづくりやガーデニングに取り組んだりする時にもっともふさわしいシロモノなのである。

政界では「パイプ党」は小生の知る限りでは今はいなくなった。以前には故鯨岡兵輔先生や今はお休み中の臼井元防衛庁長官などがいらして、時折、党の会議などで豊かな香りを側で楽しむことができたが、今はパイプ党は絶滅状態である。何を隠そう、もしかしたら自分一人かもしれない。そうしてみると我ながら貴重な人材である。ますますやめるわけにはいかない(笑)。

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