たけしの忙中閑話

オ・サール学園

先日発売されたある雑誌に全国会議員の出身高校別の一覧表が掲載されたが、それによると我が母校、ラ・サール学園出身の国会議員は既に8名に達しており、全国ランキングでいうと堂々の(?)6番目くらいに位置していた。ちなみにさらに上位は慶応だの麻布だの筑波大付属だの老舗の日比谷などが並んでいる。いわゆる「有名進学校」が上位をずらりと占めていた。4位に創価高校が入っていたが、これはある意味、別格だろう。

みんな全国でも有数の進学校なのだから、ここまではある意味、驚くには値しないかもしれないが、出身高校別に掲載されている議員の名前の一覧を見てみると、他の進学校出身の議員には圧倒的に「二世」や「三世」が多いことがわかる。それに比すれば我が母校、ラ・サール出身の議員には二世議員など一人もいない。そういう意味では全員が「草莽の士」と言っていい。

「ほほぉーー、そうか。なるほどなぁ。。。」とその記事を読みながら自得していたところ、案の定というか、さっそくその雑誌社から取材の電話がかかってきた。

「あのぉーー、岩屋さん。おたくの学校は議員になった人は多いんですが、どういうわけか二世議員が一人もいませんよねぇ。。こう言うと大変失礼なんですが、麻布や開成なんかの都心の学校ならわかるんですけど、ああいう日本のはずれの、さらにまた鹿児島のはずれにある私立学校から政治家を目指す人がたくさん出てくるってのは私らから見てても不思議な感じがするんですが、いったいなぜなんですかねぇ・・・・。」

「日本のはずれとはちょっとひどいね・・・・思うに、校風というのが影響してんじゃないかという気がしますね。あすこはご存知のようにラ・サール会というキリスト教の一派が経営している学校なんですよ。だから、校長先生などの経営陣は全部、聖職者。ブラザーなんです。で、この人たちはあまり生徒に勉強させようとは思っていなくて、朝礼なんかじゃ、いつもひたすら立派な人になれ、っていう話ばかりしている。とにかく、世の中のためになれ、ってね。。。」

「ははぁ。。。でも、いわゆる英才教育の学校なんでしょ。世界中にラ・サール会の学校があるらしいんですが、それはみんな進学校なんですか?」

「いや、どうも日本だけらしいですよ、進学校みたいになってんのは。それも偶然らしいですけどね。ラ・サール会っていうのは、そもそもは恵まれない子供たちに教育を施そうということで学校経営を始めたらしいですから。。戦後の荒廃した日本を教育で立てなおそうということで、当時、土地が安く手に入った鹿児島のはずれで学校を始めたんだそうですが、外人教師が多いもんですから、これからは英語だっ、と思った結構優秀な学生が最初から集まったらしいんですね。そうしたら、わずか二十数名しかいなかった1期生の中の何人かが東大に入ってしまった。それが評判になってそれからはあれよあれよという間に進学校みたいになっていったらしいんですよ。。」

「そうすると、そのブラザー、っていうんですか、神父さんたちの影響が大きかったと?」

「そうですね。。。僕は今でもよく覚えているんですが、入学した時、校長先生が、まぁ、この人は青い目の人だったですけど、新入生を前にこういう話をしたんですよ。しかも英語でね。だからほんとはよくわかってなかったかもしれませんが。ハハ。。。諸君は難しい試験をパスする才能に恵まれている。しかし、それは神が与え賜うたものであって決して諸君のものではない。その才能は諸君が長じて世の中にお返しするために与えられているのだ。そのことを心してこれからの学園生活を送るように、ってね。それまでそんなこと言われたことありませんでしたから、ちょっとしたカルチャーショックだったですよね。。。」

「ほぉーーー。。。」

「ブラザーたちは修道士ですからみんな独身です。その人たちが学校の中のブラザーハウスってところに住んでいて、毎日、お祈りをしている。僕たちは決して信仰は強要されませんでしたけど、学校全体にそういう雰囲気が漂ってるんですよね。。。それから学園のスローガンは、ファミリースピリットってのとベスト・アマング・ザ・ベストっていう二つでしたね。」

「なんですか、それって?」

「ええ。全寮制ではないんですが、ほとんどが県外から来てるんで寮に入ってる者が多いんですよ。寮は、百人入る勉強部屋や百人のベッドが並んでいる寝室などからなっていて、要はプライバシーのかけらもない。ハハハ。だから、時間が経つとみんな一つ屋根の下の家族や兄弟みたいな感じになるんですよ。実際、親元を離れているんだから、友達や先生が家族なんです。そうやってみんなが家族兄弟みたいに仲良くしていこう、っていうのがファミリースピリット。」

「ははぁ、人類はひとつ、みな兄弟ってやつですか。それで、もうひとつは?」

「うん。ベスト・アマング・ザ・ベストっていうのは、日本語で言うと最良の中の最良、っていう意味ですね。これを言うのはちょっと口はばったいですが。ハハハ。昔、ケネディーの側近連中をベスト・アンド・ブライティストなんて言ってたでしょう。あんな感じかな。つまりは一生懸命努力して最良の中の最良を目指せ!っていう、まぁ訓示ですよね。言われたからってとてもそんなことにはならないわけですが。ハハハ。」

「なるほどね。。そういう環境が生徒のその後の進路に大きく影響していると?」

「それともうひとつはやっぱり鹿児島の風土じゃないですかねぇ。。なにしろ毎日毎日、噴煙を吹き上げているあの雄大な桜島を見ながら過ごすんですからね。貴方も知ってるでしょ。我が胸の燃ゆる思いに比ぶれば煙は薄し桜島山、っていう有名な詩を。あういう気宇壮大な感じが鹿児島の街には漂っていますよね。それになんといっても薩摩は明治維新の震源地でもある。日本の新しい時代を切り開いた西郷さんや大久保さんの残影というものが色濃く残っていて。。。そういうものにも影響されたと思いますね。」

「それで政治をやってみようと思うようになるわけですか。。。」

「いやいや、政治の道に進んでいる奴なんてごく僅かですよ。どっちか言うと変わり者、だな。みんなもっと堅気の世界で立派にやってます。ハハハ。僕等の同期も半分以上はお医者さんですよ。しかもみんなすこぶる優秀です。実は僕も医者の息子で当初はやっぱり医者になるつもりだった。でも、学園に入ったあと、こんな優秀なやつらが医者になるんだったら自分が医者に成ったってあんまりたいしたもんにはならんな、と。かなり早い段階で進路変更しましたね。」

「そうすると岩屋さん、落ちこぼれ?」

「ハハハハ。そうそう、まぁ、そんなところですね。勉強はできなかったけれど、それもあんまり気にならなかった。だって、みんな兄弟なんですからね。兄弟が優秀だっていうのは頼もしいじゃないですか。頭のいいやつはどんどんそれを活かして頑張って欲しいと素直に思った。じゃ、学問で身を立てられそうにない自分が世の中のお役に立つためには何をすればいいか、って考えるわけですね。要は自分が持っているものを活かしていくしかない。その頃からだんだん政治という道を意識し始めたんですね。」

「じゃ、ほかの同窓の議員さんたちもそういう感じですかね?」

「いやぁ、それはやっぱり人それぞれだと思いますよ。僕以外はみんな優秀だったみたいだし。国会の同窓会もときどきやるんですが、あんまりそんな話はしないですからね。よくわかんないなぁ。。。でも、ひとつ言えることはね。そういう思春期に聞いた言葉っていうのは、ずっと胸の中のどっかに塊として残ってると思うんですよ。いつもあの校長先生の言葉が心の奥底で低音で響いているような気がする。だから、なんか身贔屓に聞こえるかもしれないけど、うちの同窓生っていうのは、人間として比較的ピュアーで欲張りでない人が多いと感じますね。だからね、同窓会なんて行くとなんだかほっとするんですね。」

「なるほど。。。いやいや、ほんとにお話聞かせていただいてありがとうございました。なんとなぁーーーく、わかったような気がしますよ。ご活躍、祈ってまぁーーす。じゃ、どうもぉーー。」

ほんとにわかってくれたのかどうか知らぬが、ざっとまぁ、こんな会話を記者さんと交わしたのだった。「なんだ、単なる母校自慢か」と思われても仕方がないが、正直、あの鹿児島の三年間の高校生活は自分の人生にとっては決定的に大きな意味を持つ三年間だったと思う。残念ながら「学業」においてではない。初めて親元やふるさとを離れ、初めて真剣に自分の行く道を考えてみたという意味において、である。あの校風やあの風土の中でこそ、自分の心の中にあったまだ小さかった思いを少しずつ大きく育んでいくことができたのではないか、と振りかえってみてそう思うのだ。

家にその雑誌を持ちかえって家内にそんな話をしたら、こう言われた。

「だったらパパ、政治家やめたら学校作ったらいいじゃない。ラ・サールに負けないような学校作るのよ。ううん、勉強なんてそんなにできなくていいわ。立派な人がおおぜい巣立っていく学校にするのよ。パパは校長先生だから勉強は教えなくていいの。だって、苦手でしょ? ハハハ、ごめんなさい。そうじゃなくて、毎日、朝礼で子どもたちに人生を語るのよ。ずっとずっと生徒の心に残るようなお話をしてあげるの。そういうのって、とっても素晴らしいじゃない?」

「そうだな。。。それいいな。先生って仕事、実はやってみたい仕事だったんだ。だって、一人の子どもの人生を変えてしまうくらいの大きな仕事だからな。その子どもたちがまた世の中を変えていく。やっぱり教育は魂だよ。技術は二の次だと思う。感化力だよね。だって、松下村塾だってそうだろ。吉田松陰先生の魂が若者たちを感化してそれが明治維新につながっていったんだ。そういう学校作れたら最高だよなぁ。。。」

「賛成、賛成。だったら学校の名前は何にする? 岩屋学園?」

「それじゃぁ、つまんないだろう。そうだな。。。ラ・サールってわけにはいかんから、高崎山に敬意を表してオ・サール(お猿)学園、ってのはどうだ?」

「ギャハハハハハ! いい、いい。それ最高!」と家内は大笑いである。

我ながらうまいネーミングだとは思ったものの、はて、それで果たして生徒は集まるのかしらん。。。

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