たけしの忙中閑話

スターダスト

「ねぇ、この宇宙の年齢はどのくらいか、知ってるかい?」
満天の星空を指差して男は女の肩を抱きかかえるようにして聞いた。
「ううん・・・」
女はかぶりをふった。
「137億歳なんだって。想像を絶する数字だよな。今から137億年前に例のビッグ・バンっていう、宇宙の起源になる爆発が起こったんだ。」
「凄いわ。よくそんなこと知ってるわね。」
「へへん。じゃ、地球は何歳か知ってる?」
「それも・・・わかんない。」
「地球はね、46億歳くらいだって言われてる。誕生して5億年くらいたって生物の原型ができたんだけど、僕ら、人類の祖先が生まれたのはせいぜい100万年くらい前なんだ。僕たちはいくら長生きしたって100年だもんね。まぁ、宇宙や地球の営みにくらべれば、ほんの一瞬でしかないよな・・・・」
「うん・・・・でも、そのほんの一瞬の時間にこうやって一緒にいられるって、幸せだわ・・・・」
女は男にしなだれかかるようにしてそうつぶやいた。

夕方からの雨で空気が清浄されたせいであろうか、今は雲ひとつ無く澄み切った夜空を埋め尽くしている星星の美しさはとても都会のものとは思えない。星空はいやおうなく恋人たちをロマンティックにする。春の夜風も心地いい。これまで時折、二人してきていた公園ではあるが、舞台装置のせいか、今夜はまったく違う場所のように思えてくる。

「ねぇ・・・」
「ん、なに?」
「もっと聞いていい?」
「いいよ、この俺様に知らないことなんかないぜ!」
「それで、この地球ってこれからどうなるの?」
「うん。僕がこのあいだ読んだ本によるとね、あと5億年くらいすると地球上から生物圏が消滅しちゃうんだって。」
「えぇ!どうして、どうしてなの?」
「うん。なんでも二酸化炭素がどんどん減っていって、ほら、学校で習った光合成ってやつあるだろ・・・あれができなくなって生物がみんな死んじゃうんだってさ・・・」
「・・・それって変じゃない? だっていま二酸化炭素がどんどん増えて温暖化になってるんでしょう?」
「そうなんだよ、俺もなんか変だと思うんだけど、偉い先生がそう書いてんだもん。長い目で見るときっとそうなるんだろうね。」

「じゃぁ、私たちも死んじゃうの?」
悲しそうな声で女が聞き返す。
「ハハハ。心配しなくてもその頃にはもうとっくに死んでお互い灰になってるさ。」
「いや!・・・・そんなこと言わないで。悲しくなってくるから・・・」
「おいおい、どうしたんだよ。5億年先の話してんだぜ。僕たちにとって大事なのはこれからの数十年なんだから・・・だろ?」
「だって、灰になってるなんて言うんだもん・・・」
「そりゃ、しょうがないさ。ほんとのことだから。」
気まずいと思ったのか、男は肩を抱いている手にそっと力を入れた。

気を取り直したのか、女が質問を続ける。
「ねぇ、それでその先はどうなるの?」
「ああ。えっとね・・・たしか、20億年先にはもっと温度が上がって最後には海が干上がってしまうんだよ。ちょうどあそこに浮かんでるお月様みたいな星になっちゃう。」
「まぁ、嫌だわ。そんな寒々とした星になっちゃうの? それで、その先は?」
「うん。それからはね、今度は太陽がどんどん膨張してくるんだ。地球の温度もどんどん上がっていく。そして今から50億年後にはその膨張した太陽に地球が飲み込まれていくんだ。そこで蒸発してみんな宇宙の塵になっちゃう、ってわけだ・・・」
「そうなんだ・・・・・みんな塵になっちゃうんだ。」

女は小さい声でそういったまま、黙りこくった。あっという間に時間がたって夜風も少しばかり冷気を含んできている。そろそろ彼女を送っていく時間だ。でも、このまま話が終わったんじゃ少し寂しいな、と男は思った。「ねぇ、もう少しだけここにいようよ。」 そう言って男は煙草に火をつけた。

「ねぇ。でもさぁ、僕たち、灰になってもさぁ・・・同じところにいればさぁ・・・宇宙の塵になってもきっと一緒にいられると思うよ。」
「えっ、いまなんて言ったの?」
「だからさぁ、お墓ってほら・・・夫婦は同じとことろに入るだろう。」
「・・・それって・・・それって、もしかしてプロポーズ?」
女はそっと男の横顔を見上げた。男は正面を向いたまま続ける。
「もし僕たちが一緒になったとするだろ。そしたら50億年後はさぁ、僕も君も僕たちの子供たちも孫たちも、ずっとずっとその先の子孫たちもみんな灰になってるよね・・・そして地球が太陽に飲み込まれたら僕と君は塵になる。そしたら絶対離れないようにつながってずっと宇宙空間を一緒に漂っていくんだ・・・・」

「・・・・・」
「・・・・塵っていうと響き悪いけどさぁ・・・それって、スターダストだろ。そう言うと綺麗だろ? そういう風に思ったらけっこう素敵じゃん。」
「・・・そうねぇ。スターダストねぇ・・・・あの有名な曲を思いだしちゃうわね。」
「うん。そういうBGMかなんか流れてるともっといいよな。アハッ・・・そしてさぁ、そのままずっと5億年くらい宇宙を一緒に旅するんだよ・・・・そしていつか地球みたいな美しい星にたどり着く。そこでさぁ、また何億年かたって二人とも命をもらってさぁ・・・いつかまた一緒になるんだ。そして子供たちをいっぱい作る・・・・。いいだろ?どう?・・・・」

女は黙ったまま、男の手をそっと握り返した。
「ねぇ、どう思う?・・・・・」
しばらくたって女はしぼりだすようにやっと言った。
「えぇ・・・とっても素敵よ。でも・・・・まだ何にも始まってないんだもん・・・」
「うん、だから・・・・。」

男はそう言ったまま女を強く抱き寄せて口付けた。長い長い接吻のあと、女は静かに目を開いてじっと男の顔を見上げた。水滴を含んだその瞳は満天の星空を映し出してキラキラと輝いていた。

「あっ、流れ星! 君の瞳の中を流れ星が動いていったよ。」
「・・・流れ星って・・・願いがかなうんでしょ・・・・」
女はようやく声に出してそう言った。
「うん。かなえよう、二人で。」
男はそう言ってもう一度、彼女のことを強く強く抱きしめた。
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