たけしの忙中閑話

同窓会

この正月の間にふたつの同窓会に参加した。ひとつは地元の名門校、大分県立別府鶴見丘高校の同窓会、もうひとつは小生の出身中学である別府市立青山中学校の同窓会である。

あれ?と思われた読者諸氏もいることだろう。そうなのだ。小生は地元の高校へは行っていない。したがって、本当のところ、中学までしか同級生はいない。ところが、ありがたいことに大学生の頃から同じ中学出身の仲間などが声をかけてくれて、地元の鶴見丘高校の同級会に何度となく参加をさせてもらってきたのである。

以来、今日までその温情に甘えさせてもらい、平気な顔をして毎正月に開催される鶴見丘高校の同学年の飲み会に出席してきている。考えてみればあつかましい話だ。それでも、「同じ町で同じ時代を過ごした仲間ではないか」、「こいつは高校の同級生がおらんのだから可哀想じゃないか」という理由で許してもらっているのは実にありがたいことだ。それで、小生も最初の頃だけはさすがに恐縮して端っこのほうに座っておとなしくしていたのだが、今では座の真ん中あたりに陣取って遅れてきた仲間に「おぅ。遅ぇやんか。お前、元気やったか?」などと偉そうな口を利いたりしている。あいすまんことだ。

お陰で小生が地元校の出身だと思っている人もいるそうな 。こういう人にはわざわざ事情を説明しない。むろん、面倒なのと、そのほうが親しみをもってもらえるからでもある。時々、めったにこない同級生がやってきて、「あれ、岩屋はおんなじ学校におったか?」と怪訝な顔をされたりするのだが、そういうときはニコリと笑ってごまかすようにしている。

我々は今年で50歳の節目の年を迎えた。今回の両同窓会はそれを記念しての会でもあった。昔は「人生50年」と言われたことを考えるとさすがにひとしきりの感慨がある。小学生の頃、NHKの大河ドラマかなんかにお決まりのように出てくるのが信長の舞う「敦盛」のシーンだった。その文句を聞きながら「ウム。人生五十年か、、、まだまだ先は長いな」などと子どもながらに嘆息していたものだったが、とうとうと言おうか、あっという間にと言おうか、はたしてその年代に達したというわけである。

同窓会の有様というのは、いずこも同じだろう。最初はみんな少しばかり緊張している。それもそのはず。まず、誰が誰なのか、顔と名前が一致しない。そのために受付で名札などを受け取って胸につけるのだが、だからと言って名札ばかりを凝視するわけにもいかず、相手がよそを向いている間にチラッ、チラッと盗み見をしながら徐々に記憶を回復していくということになる。

50歳にもなれば、年のとり方は人さまざまである。男の場合はまず例外なくメタボチックな体型になっている。恩師と見紛うばかりに額の禿げ上がった御仁もいれば、すっかり白髪頭になって年相応の風格を感じさせる者もいる。これに比して女性陣のほうはそれほど大きな差異はないように見受けられる。もちろん、うちの家内がそうであるように、「同窓会」ともなれば女性は相当に気合いが入るものらしく、ずいぶん前からエステに通ったり、ダイエットに励んだりするそうだから、おそらくはその成果が発揮されているのだろう。

宴もたけなわの頃になってくると、既にお互いの記憶はすっかりよみがえり、当時の思い出話や現在の身の上話などで司会者の声など聞き取れないくらいに座は盛り上がって、ほとんど収拾がつかなくなってくる。よくもまぁこんなに話が続くものだと思うほどであるが、それこそが「同窓会」の居心地の良さであろう。こういうときは決まって昔の「悪ガキ」どもが当時、こっぴどく叱られた恩師を取り囲むことになる。

「先生、あんときの拳骨は痛かったでぇ。次の日、こぶができちょったんで。」
「そりゃの、お前が可愛いけん、そうしたんじゃ。そやけど、聞けば今は社長さんになったそうやないか。立派になってよかったのぉ。俺が小突いた甲斐があったわい。ハハハ」
などという会話があちこちで弾むことになる。

恩師を代表しての挨拶で先生がこう言われた。
「まぁ、岩屋君はそんなことはないと信じとるが、最近は代議士さんの中でもつまらんことを言う奴がおるのぉ。。。東大出て、大蔵省に入って、それから大臣じゃぁ何じゃぁち言うても、人間としてつまらん奴はいつまでもつまらんぞ。人の気持ちがわからん奴は駄目じゃ。先生はそういう奴にはまったく感心せん。いいか、みんな。人間として立派になることが一番大事じゃど。。。」
誠に、もって瞑すべしであった。

二次会に会場を移すと、今度は「大歌合戦」だ。市内でスナックを経営している同級生に頼んで店を借り切り、「飲めや歌え」の大騒ぎということになる。座る椅子がなくなってカウンターに入りこんで従業員のごとくなっている者や、とうとうそこもいっぱいになってついにはフロアに座り込んで円陣を組んでいる者らもいる。みんな話に夢中で、あの当時の懐かしのメロディーを大声でがなっている奴がいるものの、歌など聞いている者などありゃしない。

ここでは幹事さんが気を利かせて、当時、淡い思いをお互いに抱いていたカップルをわざと隣どうしに座らせたりしている。そこだけなんとなくシッポリとしたムードを漂わせたりするものの、同級生諸氏も事情がよくわかっているからして、誰が命じるわけでもなく邪魔をせずそっとしておく。

その光景を見ながら小生の横に座ったかつての悪友が焼酎を片手につぶやく。
「なぁ岩屋。初恋ってのは失恋に終わるからいいんじゃ。お前もそう思わんか? 初恋が実ったりしたら、あとでかえってつまらんぜ。俺なんか、いつも一方的な片思いやった。あん娘の手も握っちょらん。でも、だけん、こうやって再会したら、あん時の切ない思いがよみがえるんじゃ。。。」
「ほぉー、お前もたまにゃあ、いいこと言うのぉ。。」
そう言って、小生も今回は都合で来れなかったというあの時の憧れの君のことを思い出した。

あの当時、「小さな恋のメロディー」という少年少女の初恋を題材にした映画が流行っていて、「団体」で観に行ったことがある。彼女もその中の一員ではあったが、正直、スクリーンよりも近くに座っている彼女の息遣いのほうが気になって映画に集中できなかった覚えがある。それ以来、やたらとラブレターを書きまくったっけ。。。。思い出すとだんだん恥ずかしくなってくる。小生は結構おませなほうだったのだが、そういえば、今日の会には幼稚園の頃に思いを寄せたあの娘が来ている。生まれて初めてラブレターを書いたのは実はその幼稚園生の時だった。どういうわけか、お袋はその時の「現物」を入手していて、いまだに大事に持っているそうな。。。こういう娘たちには小生、一生頭が上がらない。

席替えをすると、当時はあまり話をしたことのない級友からもいろんな話が飛び出してくる。カウンターにおしくら饅頭のように並んで座ると体もピッタリとくっついてしまうのだが、そのせいか、思いのほか親密な話にも発展する。みんな、職場では中堅管理職、家庭では子ども達がまだ上級の学校に通っている頃だ。仕事の話、子育ての話、年老いてきた父母の話、まだ病気や孫の話こそ出ないものの、卒業以来、みんなが歩んできた人生の断片が感じ取られ、屈託のない笑顔の奥にいまなお人生と懸命に格闘している姿が垣間見られる。いくつか相談も受けたりしたが、かけがえのない同級生のためだ。できることもできないこともあるが、いずれにしても全力を尽くそうと心に誓った。

はっと気がついて時計を見るとはや12時近くを指している。「そろそろ帰らなきゃ。また明日がある」と席を立ちかかったが、なかなか立ち去りがたいものがある。ようやくにして腰を上げ、一人一人と固い握手で再会を誓い合い、出口へと向かう。誰しもドアを開ければたちどころに三十数年をタイムトリップして再び「現実」と向かい合うことになる。日々の喧騒の中にやがて同級生の残像も次第にかき消されていくことになるだろう。しかし、それでもこの町に戻って級友とグラスを傾ければ再び自身の「原点」に立ち返ることができる。「同窓会」とはそういう場なんだろう。

外へ出ると冷たい夜風が少し身に沁みた。大急ぎでマフラーとコートをはおり、タクシー乗り場へと急ぐ。途中、馴染みの店の看板が目に入ったので一瞬、寄ってみようかとも思ったが、やっぱりやめにした。「今宵はもう何もつけたすことはない」。そう思って僕は足早にタクシーへと乗り込んだ。

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