たけしの忙中閑話

プロフェッショナル

年末に母が久しぶりに上京して来た。長女が大学で「琴」をやっており、その初出演の演奏会があるというので「観に来ないか」と誘ったのだ。

母も齢、78歳。最近は足腰がずいぶん弱ってきていて歩くのもおぼつかない。本人も「出て行っても迷惑をかけるから・・・」と最初は遠慮していたのだが、「そんなこと言わずに出ておいでよ。おばあちゃんにも観て欲しいと言ってんだから」と言ったら、「じゃ、最後の東京だと思って出て行くわ」ということになった。

決して最後、などという風には思いたくもないが、そんなことを言われるとなにか喜んでもらうことをしなければという気になる。そうだ、歌舞伎が好きだったな、と思って早速にプレイガイドに当たってみたが、既に満席で空きがない。そこでこの世界に強い友人に頼んで無理をしてもらい、ようやく歌舞伎座の切符を手に入れることができた。

年末の歌舞伎座ともなれば出演陣はすこぶる豪華である。三津五郎に勘三郎、海老蔵に玉三郎といフルキャストだ。しかも会場に行ってみると席は「花道」のほぼ真横。自分も今までそんな近くから観たことはない。母の喜ぶ顔を見て「少しは親孝行ができたかな」と安堵した次第だった。

帰りに母は「やっぱり玉三郎は綺麗だねぇ・・・」と言った。なるほど、男の自分でもそう思う。これで氏を観るのは三度目か。もう50歳は過ぎているはずだが、舞台での妖艶な雰囲気は以前と少しも変わらない。既に「女形」としてこの世界の大御所ではあるが、自分は門外漢ながら、氏のあとを継いで行く新鋭が現れているという風にも聞かない。当面、歌舞伎界はこの御仁に頼っていく以外にないのだろう。それはそれで大変な重責であるに違いないとひとしきり思った。

後日、その玉三郎がNHKのテレビ番組、「プロフェッショナル」に出演していたのを観た。この番組、小生は大好きで毎回欠かさず見るようにしている。ずいぶん前にこの「閑話」で「プロジェクトX」という番組について書いたことがあったが、これはその後継番組である。

「プロジェクト」が組織や団体に焦点を当てた番組だったとしたら、「プロフェッショナル」はその「個人版」と言える。毎回、各界の第一人者が登場して脳科学者の質問に答えながら「仕事の流儀」を明かしていくという趣向だ。

この番組を見ていると、「日本人ていうのはなんて素晴らしいんだろう」という気分にさせられる。どの世界であっても一流を極めた人の言うことはやはり違う。ありきたりの言葉も彼らの口をついて出ると視聴者の心にすっと入り込んできて深く刻まれる。その仕事にかける情熱は見ているものを捉え圧倒してやまない。

感心することは、誰であれ、聞かれたことに的確によどみなく答えるということだ。質問の多くは「仕事の流儀」にかかわることがらであり、内容的にはかなり重たい返答を要する質問ばかりなのだが、ほとんどの人がさほど間をおかずに、しかも決して言いよどむことなくスラリと答える。それでいてその短い言葉に重厚な内容が込められている。思うにそれは長い間の修行によって「流儀」がその人の血肉になっているからであろう。長年にわたって思考を重ね、試行錯誤を繰り返した末に獲得した「流儀」だからこそ確固としていて揺らぐところが無い。

この日の番組で小生は初めて玉三郎が幼い頃、小児麻痺にかかったことがあり、そのせいで今でも両足の長さが微妙に違っているということを知った。歌舞伎というのは演目にもよるのだろうが、素人には想像もつかないほどの運動量なのだと思う。それを重たい衣装を纏って踊るのだからして、たとえ健常者であっても大変な肉体労働であるに違いない。それを玉三郎は障害を抱えてやっている。出演前に短いほうの足にテーピングをして両足の長さをそろえてやっているのだそうだ。驚くべき努力ではないか。

実は玉三郎にはもうひとつの肉体的弱点があったのだという。「女形」にしては身長があり過ぎたのだ。したがって氏はいつも観客にはわからない程度に膝を屈した姿勢で舞台に立ち、相手の男役を引き立たせるようにしているのだそうだ。それでは常に「屈伸」したまま芝居を演じ続けるようなものではないか。。。。なるほど、「達人」とは困難を克服したところにこそ出来上がる。小生はそれを知っていよいよ感じ入った。

そのせいもあるのだろうか。玉三郎は幕が降りて化粧を落とすと何処にも寄らずにまっしぐらに家に帰るのだという。その日の疲れを次の日に残さないようにするためには毎日、十分に休養をとることが必要だからだ。専属のトレーナーのマッサージを受けながらそのまま眠りにつく。稀代の女形であり、紛れもなく現代を代表するスターを演じ続ける氏の日常には実のところ余計に消費できる時間などはないということか。。。。

歌舞伎座で本物を目の当たりにして間もなかったせいか、ご本人が目の前に来てしゃべっているような気がして、この日の玉三郎の言葉は妙に心に残った。

脳科学者の質問に答えて氏は言った。
「自分は遠くは見ない。明日だけを見る。」

「この仕事を始めた頃、将来はどうなりたいと思っていましたか?」という質問に答えての言葉だ。毎日、毎日、明日だけを見てやってきたらいつの間にか50年という時間が過ぎて「現在」があるということだろう。。。。なるほど、「仕事に集中する」ということは本来そういうことなのだろう。遠くばかりを見て、明日の一日を固められないようではいけないのだ。

「舞台に立っていて迷うこと、心が乱れることはありませんか?」という質問にはこう答えた。「そういう時は、天が見ている、と考えるのです」と。 目の前の観客もさることながら、常に「天」が自分の演技を見ているのだと考えてベストを尽くす。。。。まさしく「天を相手にする」という境地だろう。

「どうしたらそんなにオーラを出せるんですか?」という問いには、少し考えて、「自分のことはわかりませんが・・・より良く生きようとしている人、向上心を持って生きている人からは・・・オーラが出ていると思うのですよ」と。。。ウウム、もはや解説は要るまい。

この日、一番印象に残ったのは次の言葉だった。

「安心して舞台に立ったら、これほどつらいことはないですね。。。心配があるから頑張れるんです。まだまだ、と思えるからこそ努力できるんですね。」

この辺になってくるともう小生の涙腺は緩んでくる。これは玉三郎に限らず、毎回のことなのだが、「ああ、日本にはまだまだこういう素晴らしい人たちがいるんだ」と素直に感動して涙が出てくる。こうやってその道を極めた人たちが各界各所にいて、その人たちが人々を感動させ感化し続ける限り、この国はきっと繁栄を永続させていけると思えてくる。そうして、そのように思えることが嬉しくて嬉しくてたまらず、「我もまたそうありたい」という気持ちが奮い立ってくる。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」。いい番組です。ぜひご覧あれ。今度は娘を連れて玉三郎を観に行こう。
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