たけしの忙中閑話

シンガポールの挑戦

その高層ビルの最上階からの眺めはまさに絶景だった。眼下には美しい湾が180度に広がり、その青々とした水の上にはこれからあたかも大海戦でも始まるのではないかと見まごうくらいに幾多のコンテナ船が浮かんでいて、今か今かと入港の時を待っている。さらに手前に展開するマリーナ・ベイと呼ばれる陸地部分に目をやるとそこには一見するだに巨大な施設が建設の途上にあるのだが、その施設こそがシンガポールが国策を大転換して誘致を決めた総合カジノ・エンターテイメント施設であり、今回の視察団の最大の関心の的だった。

やがて事業者からのプレゼンテーションが始まると、日本からやってきた視察団は会場のスクリーンに映し出されるこの施設の完成予想図に釘付けになった。世界最大規模のコンベンション施設、その横には超高層のホテルが三棟並び立ち、その三棟の屋上を一枚の板のようにつなげてそこに「空中庭園」を作るのだという。これらの施設があと1年後に後楽園球場の何十倍の広さの敷地に展開される。総投資規模、約5000億円。誰がいったいこのような現代のピラミッド事業のようなことを考えついたのか。。。

シンガポールで予定されている事業はそれだけではない。これと同じ程度の規模の施設がセントーサ島という島に他の事業者によってこれまた建設の途上にある。こちらのほうはよりファミリー客をターゲットにした施設になるようで、世界最大規模の水族館や遊園地が数千室を有するホテルとともに2年後には開業する。

そしてもっとも肝心な点はその両施設ともにカジノを有するということだ。

日本では「カジノ」と聞いただけで眉を欹てる人もいる。もちろん、「賭博場」には違いない。しかし、既に130カ国で合法化され、グローバルスタンダードなレジャーとして展開されているというのが世界の実情だ。我が国には競馬、競輪、ボートレースにオートレース、宝くじからTOTO(サッカーくじ)に至るまでが合法化され、正式にはギャンブルとは認知されていないとはいえ30兆円規模に達するパチンコという大衆娯楽までが展開されていながら、どういうわけか、カジノだけはいまなおご法度ということになっている。

「カジノ」と言えばそのメッカは誰とて知っているラスベガス。ラスベガスというとどうしてもギャング映画を思い出してしまうのだが、それが悪印象を持たれる最大の原因かもしれない。たしかに勃興期には暗黒街との密接な関係もあったろう。しかし、現在のラスベガスは度重なる法改正と徹底した規制強化によって安全で健康的な観光地として生まれ変わり、世界最大のコンベンション開催都市、そして世界最大の家族旅行の最終目的地として繁栄を謳歌している。運営事業者も原子力事業者が政府のチェックを潜り抜けるよりも難しいと評せられる厳格な審査をパスした、どれも一流企業ばかりだ。

そのラスベガスの資本と運営手法が数年前からマカオで展開されている。ここは昔からカジノがあることで有名だが、かつてはいかにもシャビーな賭博場がぽつんとあっただけで、とても家族連れの目的地としてお奨めできるような所ではなかった。しかし、中国に返還されて以降、方針が転換され、外資の導入が許可された。そこで一気にラスベガス資本が進出し、またたく間にイメージを一新させることになったのである。以来、マカオを訪れる観光客は中国本土からの観光客を中心に急増した。人口50万の町でありながら、受け入れる観光客は年間に2000万人。カジノを有する複合施設の建設はまだまだ続いているものの、昨年には本場ラスベガスの興行収入を既に上回ったと聞いている。

そこでシンガポールは考えた、というわけだ。この国はもちろん民主主義国家ではあるものの、いまなお「国父」と称されるかの有名なリクアンユー氏が実権を握っている。この御仁、若い頃、親父さんが博打狂いだったということもあって大の「カジノ嫌い」で通っていた。しかし、カジノ導入をめぐる政府内や国会内での喧々諤々の議論を踏まえて氏が最終的に出した答えは「ゴーサイン」だったのである。

その理由はカジノ開設を認めたときの氏の国会での演説に詳しく述べられているが、最大の理由は「このままではシンガポールが人、物、金の中継基地としてのハブ機能を失い、世界の観光競争にも取り残される」という氏の切実な危機感から発した国家戦略上の問題だったのである。

ここでのポイントはまさに「ハブ機能」、すなわち「中継基地」としての機能だ。古来、人、物、金の流通拠点にはおのずから富が集積するようになっている。「すべての道はローマに通じる」と言われた時代から、それは古今東西、変わらざる「定説」だ。

リー氏は危機感を抱いたというが、現在のシンガポールはまさにそのハブ機能によって成長を続けている。冒頭に触れた港の機能もアジア随一のスケールである。今回、我々視察団が乗ったバスがちょうど海岸線に沿ってコンテナヤードの横を通る機会があったのだが、どこまで行ってもヤードが途切れる風がなく、いったいどのくらいの規模を有しているのかと目を丸くしたほどだった。このほか、成田空港がみすぼらしく見えてしまうほどの立派な空港施設、さらには中心街のあちらこちらに展開する金融関連施設など、まさに国全体が「ハブ化」していると言っていい。中国大陸からシナイ半島へと続く今や勃興するアジアの中心を貫く回廊の先端に位置するこの国は文字通り、アジアの「中継基地」としてますますその存在感を高めつつあるのだ。

関心を持たざるをえないのは、「それがなぜ今、カジノなのか」という点だ。

シンガポールは「規則と罰金だらけ」の国として有名である。チューインガムは町を汚すからと禁止されている。煙草のポイ捨ても現行犯なら即座に逮捕され、罰金を科される。とにかく、あれもダメ、これもダメ、あまりにダメなことばかりなので観光客はこの国に着いてからというもの、まずはガイドさんに注意事項を山ほど聞かされることになる。たしかにそれによってこの周辺のアジアの国々の中では珍しく街がすこぶる清潔に保たれてはいるものの、さしたるエンターテイメントがあるわけでもなく、旅人にとってはすこぶる窮屈で退屈な国になりかかっていたらしい。それが証拠にここのところ観光客の減少が続いていたのである。

「中継基地」に人が喜んで集まらなくなっては大変である。ビジネス客とて用事が済んでしまえばただの「旅人」なのだ。骨を休め、疲れを取り、英気を養う機会が求められて当然ということになる。国際会議が終われば家族を呼び寄せてそのままバカンスを楽しみたいという人だっているだろう。そこで楽しく充実した時間を過ごすことができれば「また行こう」、「またシンガポールで集まろう」ということになる。そのためには世界の観光産業の潮流を的確に掴んでそれに対応できる国へと変貌しなければならない。堅物で知られる国父が最終的にゴーサインを出した理由はおそらくはその辺にあったのだろう。そして間もなくその決断が冒頭に紹介したふたつの巨大複合エンターテイメント施設へと結実しつつある。

さぁ、そこで我が国はどうする、という話になる。

ここで断っておくが小生、一切のギャンブルをやらない人間である(と言ったら、あんたは選挙という大博打をやっているではないかと指摘されるのだが)。パチンコは若かりし頃に少しやったことがあるがついに馴染めず、当時、男子学生には「必須」だったマージャンもとうとうやらなかった。競馬も競輪もやらず、宝くじとて買ったことはない。「だから真面目なんだ」などと言うつもりはさらさらないが、とにかくこれまでそういったことにはあまり興味を持つことがなかった。まぁ、子どもの頃から何をやっても鈍くさかったので、どうせやっても駄目だろうという諦めがあるからかもしれないが、いずれにしてもその小生がカジノといったものに強く興味を持つようになったのは、そういう個人的な動機からではないということが言いたかった。

で、今の小生はいうと、実は熱心なカジノ合法化論者である。ここまで読んでいただいた方には理由をもうくどくどと言う必要もなかろう。国際的なハブ機能を回復することと、激烈な観光競争に勝ち抜くことが日本や地域の活性化に必要であり、そのためにも既に世界標準のレジャーと成っている近代カジノを含む複合エンターテイメント施設は有効なツールではないかと思うようになったからである。

実は今回のシンガポールでの視察の帰途、この際は座学だけではなく体験実習も必要だろうということで今をときめくマカオのカジノ施設にに立ち寄ったのであるが、そこで小生、生まれて初めて「ブラックジャック」なるテーブルゲームを体験したのである。もっとも初心者であるからして、一番レート(掛け金)の低いテーブルで恐る恐るの初体験だったのだが、2時間あまり粘ったあげくなんと僅かではあるが、勝つことができた。

決して勝ったから言うのではありませんよ。そうではなく、実際に体験してみて実感したことは「これは身の丈にあった勝負をする限りにおいては、博打というよりもまさしく時間消費型の大人のエンターテイメントなのだ」ということだった。もちろん、カジノにはいいことばかりではなく、社会的なマイナス面も生じるだろう。しかし、何処の国とてそれをいかに最小限にコントロールし、そこからの税収をいかに社会還元するかに腐心している。既に多くの国々で経験されてきたノウハウの粋を結集すれば、きっと我が国にふさわしい形態のカジノ・エンターテイメントを創設し健全に運営することは可能だという風に思うのである。

さぁ、カジノにおける「日本の挑戦」、貴殿は賛成ですか、反対ですか。

遠からず、国民的な議論に附してみたいと思っているところである。

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