岩屋たけしの履歴書

衆議院議員選挙へ立候補

私が衆議院議員選挙に立候補したのは平成2年の第39回選挙でした、32歳のとき、大分県議会議員1期目の任期中でした。当時の大分2区の定員は3名、自民党2人、社会党1人が指定席を占める典型的な無風選挙区でした。本来であれば所属政党である自民党から立候補したかったのですが、公認を得られずに無所属での出馬となりました。

衆議院選挙出馬を表明するたけし
大分県庁にて衆議院選挙出馬を表明する

平成維新を訴えて
選挙戦での私のキャッチフレーズは「しらしんけん平成維新」でした。「明治維新で列藩の若者達が生死をかけて立ち上がったように、よどんだ日本の政治を若い力で変えていきたい」私は選挙区をくまなく走りまわりました。

選挙区をくまなく走り回りました

選挙期間中の父の死
投票日の10日前、病床に伏していた父・啓が他界しました。最後まで私の選挙のことを心配してくれていました。この父の葬儀が結果的に選挙期間中の最大の「集会」となりました。父が文字通り命がけで力を与えてくれたのだと思っています。私は葬儀には出席できたものの、そのまま選挙カーで遊説にもどり、父の骨を拾うことができませんでした。

→ 父の思い出

父とともに
最後まで私の選挙を心配していた父・啓とともに

始めに戻る
前のページへ