忙中閑話

忙中閑話「街角ウォッチング」

2003.02.16

久しぶりに週末に東京に居残った。普段は金曜の夕方には東京を発って地元に向かうことになる。土曜の午後に出席を約した会合があり、土曜の午前中を宿舎で一人過ごすことになったのである。

 

いつもは時計を気にしながらの朝の散歩を気ままなロング・ウォークにしてみようと思い立った。お決まりのコースは時間にして30分弱だが、今日は時間の制約があるわけではない。日頃歩いたことのない道を選んで歩き始めた。どの町にも特有の「匂い」があり、「顔立ち」がある。それは車に乗ったままではわからない。旅先でも必ずスニーカーを持って行ってホテルの周辺を歩くようにしているが、それはその土地土地の「匂い」を嗅ぐためであり、「生活」を肌で感じることができるからだ。

 

住宅地を歩くと休みの日であるせいだろう、あちこちで子供達の声が聞こえてくる。おそらく行楽地へ向かうのだろう、両手に幼い子どもを抱えた若い夫婦にもよく遭遇する。家族サービスの帰路でのお父さんのくたびれ様は自分の経験から言っても容易に想像がついてしまうので、すれ違ったあと、思わずほくそえんだりしてしまう(笑)。宿舎と国会を往復するばかりの毎日ではあまり意識することはないが、当たり前の事ながら、この大東京にもたしかに人々の生活が息づいているということを感じるひとときだ。

 

宿舎の位置する高輪周辺はホテルが集積している。普段は入ったことのないホテルの庭園にも入ってみると、美しく整えられた庭からは旅立ちの支度に追われる人々の姿がガラス越しにかいま見える。時節柄だろう、明らかに受験生とそのお母さんという二人連れがホテルのロビーをせわしなく行き来している。見ず知らずの学生サンながら、思わず「合格」を祈ったりする。

 

一時間ほど歩いていると、ふと自分が空腹であることに気づいた。そうだ、品川駅まで戻るとあすこにマクドナルドがあったな、と思い出し(笑)、心なしか早足で来た道を引き返した。好物のフィレ・オ・フィシュとコーヒーを注文し、オープンテラスに腰掛けた。目の前をひっきりなしに人々が通り過ぎていくが、当方に目を向ける人もいない。当たり前と言えば当たり前だが、田舎町では考えられないことである。仕事柄もあるが、地元で何百人もの人と一度も挨拶を交わさずに行き過ぎるなどということはありえない。これが東京の気楽さだな、などと思いつつ、しばし街角ウォッチングに興じた。

 

しばらくして席を立とうとすると、突然に拡声器から大きな音声が響いてきた。ご当地の区議会議員さんが街頭演説をはじめたのだ。行き来する人は多いものの、誰も足を止めることはしない。だいいち、行き交う人の中で品川区の住人である人など数えるほどしかいないだろう。なかなか実直そうな感じのする自分と同じ年頃の議員さんで、そんなことを気にすることもなく、とつとつと「水辺環境の整備」について熱心にしゃべり続けている。「同業者」のよしみでこの際、しばらく聞いてあげようと思った(笑)。

 

5分ほどすると向うもこっちに気づいたのだろう。時々、ついついうなずいたりしてるものだから、なおさらだ。勝手にやっている街頭演説を熱心に聞いてくれるというのは実にありがたく、勇気づけられるものである。そのうち、氏の視線が当方に固定して動かなくなった。これはまずい!これではいつまでたっても席を立てないぞ!(笑)。しかし、じっくり聞いてみるとなかなかに説得力がある。大都会であればあるほど、住環境についての住民の関心は高いのだろう。氏の唱える「水辺環境の整備」は十分に賛同を得られる政策のように思えた。

 

氏はますます調子が出てきたのか、国政の批判までやり始めた。党派はさだかでないが、国の環境政策を厳しく批判している。なるほど、と思うこともある反面、時折、ウム、それは違うぞ!などと思ったりもするが、まさか出て行って掛け合い演説をやるわけにもいかないから黙って聞いているしかない(笑)。同業者であるがゆえに、このあとの行動はだいたい察しがつく。このままではきっと演説が終わったらこちらに駆け寄ってくるに違いない。住民でないとわかってがっかりさせてもいかぬと思い、手を振って席を立った。氏は実に嬉しそうにいい笑顔を返してくれた。

 

かくして久々のロングウォークは幕を閉じた。実に有意義な街角ウォッチングであった。考えてみると街頭に立つ機会は以前に比べるとずいぶん少なくなったが、もう一度、「辻説法」をしっかりやらなくちゃいかんな、と思ったことしきりである。お見かけの際は、せめて手など振ってくださればありがたいと、読者諸氏に請う次第である。

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