「大震災から15年目に思う」
東日本大震災から本日で15年の歳月が流れました。あらためて約2万人に及んだ犠牲者の方々に心より哀悼の意を表し、被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
その日、国会も大きく揺れて、急遽、審議が中断されました。控室に戻ってテレビをつけたところ、見たこともないような大津波が町々を襲うのを目の当たりにして、言葉を失ったことを今も鮮明に覚えています。
東日本大震災の特徴は未曾有の津波被害に加えて、電源喪失によって3基の原子炉において原発燃料がメルトダウンするという史上最悪の原発事故が重なったことにあります。
以来、今日まで復興へ向けて懸命の努力が重ねられてきました。当初、47万人に及んだ避難者の皆さんは現在、約3万人にまで減ってきていますが、廃炉が完了するまでは最終的な「復興」とは言えません。してみると、あらためて原発事故の深刻さに思いを致さざるを得ません。
当初、廃炉には約2兆円、その期間は約30年と見込まれていましたが、現在、廃炉費用には約8兆円、そこに賠償や除染作業などを含めると総額で約24兆円、期間は50年近くかかるのではないかとも言われています。
政府も東電も廃炉に向けての作業に全力を尽くしてくれていますし、その努力には敬意を表したいと思いますが、880トンと推計される燃料デブリのうち、この15年間で取り出されたのは僅かに1グラムにとどまっていることも事実です。
AIやそのためのデータセンター、EV、半導体産業などの進展によって、今後の電力需要は増大していくと想定されている中、そのエネルギー源として、原発に一定の役割を担ってもらう必要があることはその通りだと思います。
しかし、新型の小型モジュールであろうと何であろうと、使用済み核燃料が発生することには変わりはなく、原発問題とは実に「核廃棄物管理の問題」であることに今後とも変わりはありません。
我が国においては、青森県六ヶ所村の再処理施設は未だ完成しておらず、「もんじゅ」は廃炉が決まり、核燃料サイクル構想は頓挫したままです。最終処分地選定へ向けての取り組みもようやくスタートはしたものの、まだ緒についたばかりです。
原発政策の推進に当たっては、安全性の確保は当然のことながら、同時に、使用済み燃料の処理や保管、そして最終処分地の確保についての取り組みを真剣に進めていく必要があるということを再認識しておかねばならないと思っています。