活動報告

「海部元総理の御逝去を悼む」 

2022.01.15

海部元総理が御逝去されました。謹んで哀悼の誠を捧げたいと存じます。 

 

平成二年に私が初当選した時の総理が海部さんでした。早大雄弁会の大先輩であり、憧れの先輩でもあっただけに、その先輩が率いる政権与党の一員として活動できることは大きな喜びでした。 

 

しかし、海部政権には次々と難題が襲い掛かります。外にあっては「湾岸戦争」です。それまでの我が国の防衛法制は言わばガラス細工。自衛隊を海外に派遣して現実の紛争の解決に貢献させるなど、まったく想定すらされていないといった状況にありました。 

 

海部政権は窮余のあげく、多国籍軍に資金提供するという方法でこれを切り抜けようとしましたが、当のクウェートや国際社会からはまったく評価されず、その時の経験が紛争終了後の自衛隊派遣につながっていきます。 

 

今日、自衛隊による国際平和への貢献の類型は「平和安全法」という形で概ねまとめられています。この間のPKO活動をはじめとする自衛隊の貢献は国際社会からも高く評価されておりますが、その端緒を作ったのが、海部政権であり、海部総理でありました。 

 

内にあっては、政治改革です。第二次世界大戦後の世界の政治を規定していたのは「米ソ冷戦」でありましたが、海部政権時には既にベルリンの壁は崩壊しており、その波は我が国政界にもひたひたと押し寄せておりました。 

 

そこに、数々の政治スキャンダルが重なっていきます。もはや55年体制のままでは日本の政治は立ち行かない。政治と金の問題を解決しないことには国民の政治不信は解消できない。。自民党内のみならず、国会全体、さらには民間も含めての政治改革の機運が大きく高まりました。 

 

当時、私は「政治改革を実現する若手議員の会」の一員として懸命に活動しておりましたが、党内はもとより、各党間のコンセンサスを得ることは極めて困難な状況でした。そこで同志の皆さんとともに首相官邸に海部総理を訪ね、総理の机の上に皆で議員バッヂを外して置き、政治改革を争点とする解散総選挙を迫ったのでした。 

 

その時、総理は「重大な決心をする」とだけおっしゃいました。総理大臣の「重大な決心」と言えば、それは解散総選挙以外にありません。我々は「よし、これで選挙で政治改革について国民の信を問える」と意気揚々と引き上げたのでしたが、かえってそのことがきっかけとなって、海部総理は退陣を余儀なくされることになります。 

 

しかし、その後、紆余曲折を経て選挙制度改革を含む政治改革は完全とは言えぬまでも成就することとなり、現在に至っています。その基礎を築いていただいたのも海部総理の時代でありました。 

 

ご生前の国家に対する多大なご貢献に心より敬意を表し、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 

 

合掌 

 

 

 

 

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