忙中閑話

忙中閑話「自転車」

2013.08.22

最近、自転車にはまっている。

 

きっかけは後輩議員の某君だ。ある時、議員宿舎を歩いて出ていたら、向こうから大きな男が体には不釣り合いの小さな自転車に乗ってやってくる。一瞬、サーカスの熊を連想したのだったが、別に知り合いでもなかろうと視線をそらしたところ、その自転車が目の前にきた途端、「こんにちはっ!」と声をかけられてびっくり。なんと、先の選挙で当選してきたばかりの新人議員ではないか。「おー、君かぁ」と答えはしたものの、その彼は自転車の上から振り向きざまにニッコリと笑い猛スピードで宿舎の中へ消えていったのだった。

 

今にしてみるとあのシーンがことの発端だった。

 

「ううむぅ。。あんな熊のような男でも乗れる自転車があるのか。。。しかも、なかなか小洒落たカッコいい自転車だったな。もしかして折りたためるやつかもしれない。。。してみると車や電車であちこちに携行できるのだろうか。。ふむ。面白いかもしれない。そういえば、毎朝歩くだけでは行動半径が限られてきていてつまらなくなってきているからなぁ。自転車なら限られた時間であちこち行くこともできる。むろん、運動にもなる。それよりも何よりも自力で風を切るなんて気持よさそうではないか。。よぉーし、俺もやってみるか。。」

 

てなわけで、数日後、宿舎の近くにある自転車屋に初めて立ち寄ってみた。それまで前を通るたびに店の一階のウィンドウ越しに並べてある自転車をチラチラと見たことはあったのだったが、中に入ってみて驚いた。なんと、6階建てのそのビルは全部が店舗だったのだ。エレベーターの入り口にはフロアの案内があって「ミニベロフロア」だの「クロスバイクフロア」だの「ロードバイクフロア」だのと書いてある。こちとら、まず、その意味がわからない。まぁとにかく見てやれ、と思って全フロアを回ったのだったが、ますますびっくりした。一口に自転車と言っても、いまどき、こんなにバリエーションがあるのかと初めて知ったような次第だった。

 

とにかく、どの自転車も機能美にあふれていて美しい。なにしろ、高校生のとき以来、自転車など乗ったことはなかったので、自分にはその時代の自転車のイメージしかない。もちろん、街中にはありとあらゆる自転車があふれてはいるのだが、人間、関心のないものには目が行かないものだ。最新の自転車群をあらためてマジマジと目の前で見てみると、子どものころに乗っていた自転車からはデザインも機能も格段に進歩していることがわかる。思わず、時間を忘れて見入ってしまったのだった。

 

しかし、そこではたと困った。この程度の知識では何を買っていいのやらもわからぬ。購入の前に最近の自転車事情を少しは勉強してみなければならんだろうと思って、今度は近くの本屋に行ってこれまた初めてスポーツ雑誌コーナーの中から自転車関連のものを何冊かまとめ買いしてきた。それから約一週間。毎日、会合が終わって帰宅してからの寝る前の時間を使ってひととおりそれらの雑誌や本を読み終え、ようやく見当がついてきたところで再び店を訪問したのだ。

 

「あのね、、折りたためるミニベロでね、、それもたたむとできるだけ小さくなるやつで、、、そうだなぁ、、あんまり長距離を走ろうとも思ってないんでねぇ、、、気軽に走れて運動にもなる、、なんかそんな手頃なやつある?」

 

そう言うと、店員は『お、結構、自転車知ってるお客さんなんだな』という顔になった(フフフ)。

 

「そうですねぇ、、となると、ダホンなんでどうでしょう。ミニベロじゃぁ、、何といってもベストセラーですからねぇ」

 

「え、ホンダ?」
(ここで、店員の表情が少し変わった。。。)

 

「あの・・・いえ、ダホンです」

 

「あ、そうか、ダ、ダホンね。そうだ、ダホンだ、ダホン。う〜ん、あれねぇ 、、あれもいいかもしれないなぁ。。ま、ちょっと見せてくれる?」

 

いいも悪いも俄か勉強ではどんな自転車だったかすぐには思い出せない。店員に連れられてミニベロフロアに行ってみると、そこには大きさも色もとりどりの折りたたみ自転車が、あるものはたたまれたままで、あるものは展開した状態で所狭しと並べられていた。

 

「これなんか、どうです?」と店員が指差したのは、たたまれたままの状態のダホンだった。フレームが真っ白でなかなかいい感じだった。6段変速で、最初から泥除けもチェーンの脱落防止機能もついている「お買い得品」なのだという。

 

「これ、展開してみてくれる?」

 

小さく固まっていた自転車が店員の慣れた手つきで瞬く間に展開されていく。できあがった自転車の姿も美しかったが、あたかも蝶がさなぎの中から抜け出して初めて羽を展開していく姿を見たような感じがして、なによりもその一部始終に大いに心惹かれたのだった。まぁ、一目惚れしたみたいなものか。

 

「じゃ、これにする」

 

「じぇじぇ!もう決めちゃうんですか?」(実際には『じぇじぇ!』とは言ってない笑)

 

もともと買い物には時間をかけないほうだが、なにしろ、いろいろ見てみたところで、そもそも比較し選別するための知識が希薄なのだからして時間をかけてもしょうがない。とにかく、一度、乗ってみるしかないではないか。そう思って即決した。

 

数日後、整備を終えたとの連絡を受け、さっそく引き取りに行った。折りたたみと展開の作業を教わってからハンドルとサドルの高さを調整し、いよいよ「初乗り」だ。ペダルを踏んで漕ぎだしてみると思った以上に軽やかに走っていく。40年近く自転車に乗ったことがなかったので、最初は恐る恐るだったのだが、徐々に感触がよみがえってきてスピードも出せるようになっていった。外はまだ厳しい残暑が続いていたのだが、そのなまぬるい風であっても自力で切っていく感覚が実に心地いい。いい年をしたオッサンの心が次第に少年のそれに戻っていく。

たしかに上りはきつい。が、きつい坂をヨイコラショヨイコラショとと上っていくと、そこにはぺダリング不要の快感の下りが待っている。下りは上りのご褒美だ。うむ。これは人生と一緒ではないか。ジムで自転車漕ぎをやったことはあるが、漕いでも漕いでも動かないのではつまらない。本物の自転車では風が変わり、景色が変わり、実際に勾配が変わり、スピードも自在に変えていくことができる。一方通行だって逆向きに入っていける。人や車には最大限の注意が必要だが、それさえしっかり気をつけていれば、まさしく「自由自在」な感覚を堪能することができる。何と言えばいいのか。。そう、「探検」や「冒険」の気分に近い。

 

そういうわけで、以来、日程や天候の都合で自転車に乗れない日は「寂しい」と感じるようになっている。今では東京と地元にそれぞれ別の自転車を置いて朝のつかの間の時間を楽しむようになった。それぞれ、名前もつけた。チャーリー(英国製)とトム(米国製)。毎朝、一緒に散歩に出かけるのだから、まさに「愛犬」と同じだ。浪人時代に自分を支えてくれた犬は既に天国に行ってしまったけれど、今はチャーリーとトムがその代わりをつとめてくれている。せいぜい、可愛がってやらなければね。。

 

このあいだ、そんなこんなの話をある女性に言ってきかせたら、「男の人って60歳近くになると自転車に乗りたがるんですって。きっと少年に戻りたくなるのね」と言われたのだった。そうかぁ、、年取ったからこういう気分になってんのか、と思うと少し気恥ずかしくもあったが、それでも本当に楽しいのだからよいではないか。時間と体力がいつまで許すかわからないが、これからも「冒険少年」気分を楽しんでいきたいと思っている次第。

 

皆さんにもおすすめですぞ^^。

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