岸田総理との対談(週刊ホテルレストラン記事より)
新型コロナウイルス(以下、コロナ)によって、観光業界は大きな痛手を被っている。
2021 年後半には日本の観光ビジネスの起爆剤とも言える Go To キャンペーン再開への期待も膨らんだものの、コロナの変異株であるオミクロン株の出現により、その見通しも立 たない状況を迎えてしまった。
日本が観光立国の目標に再び向かっていくために、観光業界がインバウンドに対する取り組みを再起 動させられるタイミングはいつになり、その活動を軌道に乗せるためにはどのような要件が求められるのだろうか。日本の舵を取る岸田文雄内閣総理大臣と、観光分野に詳しく自民党 観光産業振興議員連盟の幹事長を務める岩屋毅衆議院議員に、オータパブリケイションズ代表取締役社長の太田進が日本の観光の復活への道のりについて話を聞いた。
※本対談は、写真撮影以外の会話時には適切な距離を保ち、マスク着用等の感染症予防対策を徹底し、2022 年 1 月 6 日首相官邸にて行なわれた。
企画・構成 加藤 壮一 聞き手 太田 進 撮影 浅沼 ノア
【 Go To キャンペーンの再開に際しては より幅広いプラスの影響を追求する】
【太田】2019 年度までは日本を訪れる外国人も増えて、観光業界、ホテル業界は潤うことができました。ただ、観光立国の次のステージではインバウンドの数よりも、滞在日数の長期化や客単価の向上を重視するべきではないかと考えています。
ホテル業界では海外の富裕層をターゲットにして、欧米、 中近東、南米の方々にもっと日本に来ていただくためのアピールに力を入れようとする動きも見られます。せっかく遠方から訪日していただくのであれば、やはり数週間単位で滞在してもらうためのプロモーションが求められると感じま す。コロナの収束後、日本の観光立国の方向性はそのような 発想で軌道修正するべきではないでしょうか。
さて、コロナ禍によって一度止まってしまった Go To キャ ンペーンですが、観光業、宿泊業、飲食業に携わる方々は再開を待ち望んでいます。Go To キャンペーンについてどのように考えていますか。
【岸田】オミクロン株というコロナの変異株が出てきたこともあり、依然として大変厳しい局面が続いています。そして国内外で人々が大きく移動する観光は、コロナ禍によって非常 に厳しい影響を受けています。それを踏まえても、まずはオミクロン株対応に万全を期すのが最優先であると考えます。
ただ、人口が減少している日本にとって、インバウンドを迎え入れる観光分野の産業はまさしく国の成長の原動力になりますし、何よりも地方創生において大きな役割を果たしてい くものです。日本の将来にとって観光は引き続き大切な分野 であると認識していますので、観光の再起動に向けて Go To キャンペーンの再開に大きな期待が寄せられることは十分に理解できます。
再開にあたっては、慎重に判断することを前提に、前回のGo To キャンペーンを活用していただいた経験を踏まえて、 次回はより多くの方々にさらにプラスの影響を与えられる形 を整える必要があると考えています。前回の Go To キャン ペーンの際には、たとえば高級旅館などを経営する事業者の 方々に向けてはかなり大きなプラスの影響を与えたと思いま すが、中小の事業者の方々にはなかなかその影響が及びにくかったという面も見られたようです。あるいはもっと平日に Go To キャンペーンを活用してい ただける方法があるのではないかなどさまざまな指摘がある中で、その声をしっかりと受け止めることでより効果的な キャンペーンにしていくための準備を進めます。
次回の Go To キャンペーンではもっと幅広いプラスの影響を、さまざまな形でもたらしていける方策を練り上げなければなりませ ん。残念ながら現在はコロナ禍にあるため、Go To キャンペー ンの実施にあたってはしっかりと状況を見極める必要があります。より多くの方々に活用していただけるバージョンアッ プした Go To キャンペーンの準備を進めながら、再開できるタイミングを図っていくことが求められます。日本の観光を再起動できたあかつきには、太田さんがおっしゃるように、これまでの日本の観光に、滞在日数や客単価など質の向上につながるものを付け加えてさらに内容を充実 させることで、世界の人々から寄せられる日本の観光に対す る期待に応えていただけることを心から願っています。
【太田】自民党の中でも、日本の観光を再起動させようとする 動きはありますか。
【岩屋】コロナによってありとあらゆる産業界がさまざまな影 響を被っていますが、最も大きなダメージを受けたのはやは り観光業界であり、最盛期に比べると概ね8割減といった状況だと聞いています。政府が打ち出したさまざまな融資や雇用調整助成金など、使えるものはすべて活用しながら、皆さまは必死に持ちこたえているのだと思います。
こうした状況 において、中断を余儀なくされている Go To キャンペーンを1日も早く再開してほしいという声が根強くあると感じて います。2021 年の年末から 2022 年の年始にかけては、多くの観光地や宿泊施設にかなり人が戻ってきたようです。この動きを次につなげていくためにも、岸田総理が言われたようにコロナの感染状況の見極めを最優先しながら、状況が許すタイミングで新しい形の Go To キャンペーンを実施していくことで、観光立国の基盤となる観光、宿泊、サービスの各事業 者をしっかりと維持していくことが重要だと考えています。
年末年始はマイカーで動く人が多かったとのことで、予約 状況は新幹線が6割、航空機は7割から8割でした。そこで 新しい Go To キャンペーンを考える際には、公共交通機関を利用した旅行について割引率を引き上げるといった工夫も 経済活性化のために有効だと思います。感染を抑え込みつつ、Go To キヤンペーンをできるだけ早 期にぜひ再開していただきたいと、自民党としても議論を進 めながら政府にお願いしているところです。
【インバウンドの再開に備えて地域が持つ 観光資源のリノベーションを進めてほしい】
【太田】2021 年の時点では、Go To キヤンペーンの再開は 2022 年2月あたりになるのではないかと予測されていまし たが、オミクロン株によって先送りになってしまった事情が あると思います。コロナを抑え込むことができた後という前提ですが、世界 各国の方々が「いつになったら日本に行けるのか」と楽しみ にしてくださっているようです。今後どのような条件が揃え ば、インバウンドを受け入れられるようになるのでしょうか。
【岸田】2021 年 11 月の終わりに、WHO からオミクロン株 が「懸念すべき変異株」として報告され、それが今世界中に 広がっている状況です。この新しい変異株がどのような性質を持つのかその多くは解明されていないものの、感染力についてはかなり強いことがわかってきています。さらに重症化 リスクはどうなのか、ワクチンや治療薬はどれくらい効果が あるのかなど、少しずつ実態はわかってきている段階です。まずはその実態の多くの部分が解明された上で、感染対策が 機能していることをしっかりと確認することが、Go To キャ ンペーンの再開に向けた第一歩になるのだと思います。
ですから現段階で「いつから」「いつをめどに」といった、 具体的な再開時期を申し上げることは難しいと思います。今 は世界が協力し合いながらコロナと戦っているわけですか ら、さまざまな知見と専門家の努力によってオミクロン株の 実態を明らかにして、できるだけ早期に Go To キャンペー ンの再開に結びつけられるようにしていきたいと考えています。
Go To キャンペーンの準備を進めるとともに、2021 年の 暮れに用意した経済対策の中に、現時点で観光業界の皆さま にがんばっていただくため、そして次なる飛躍に備えていた だくための政策を盛り込みました。観光資源のリノベーショ ンのために 1000 億円ほど予算を組みましたので、こちらも 活用していただきながら皆さまには今しばらくがんばってい ただきたいと思います。Go To キャンペーンももちろん大事ですが、インバウンド の再開に備えてそれぞれの地域が持っている観光資源のリノベーションを進めていただきたいのですと思います。未来の 観光立国のためにもこれはとても重要な取り組みになると思 いますので、ぜひお願いできたらと考えています。
【太田】観光資源のリノベーションに関して予算が付いたこと を知っている観光業界の経営者の方々は少ないかもしれませ んので、私たちもしっかりと情報を伝えていきたいと思います。
【岸田】私はさまざまな地方をめぐり、観光業界の方々と車座 になっていろいろな話をしています。コロナ禍によって皆さ まは大変なご苦労をされているわけですが、観光というもの は旅行される人、受け入れる人、双方の安全が揃ってこそ成 り立つものであるという大前提があります。今しばらく我 慢をしていただき、将来的なV字回復につなげるためにも、 Go To キャンペーンの準備とともに、自らの観光資源のリノ ベーションに励んでいただくことが重要だと考えています。 観光業界の皆さまにお願いしながら、時期が来たならば政府 としてもしっかりと応援させていただき、観光業界を再び盛 り上げていきたいと思っています。
【コロナ禍にあっても日本の観光に対する 世界の人々からの評価は減じていない】
【太田】海外の方々が SNS で「日本は素晴らしい」と情報発 信してくださったことで、日本に対するリスペクトが上昇していったことがインバウンドの増加にもつながったという経 緯がコロナ以前には見られました。そのときから私は「観光はビジネスにつながる」と主張してきました。
たとえば「日本観光で出会ったラーメン屋が気 に入ったので、そのチェーン店をカナダで展開したい。オー ナーに合わせてほしい」といった問い合わせが実際にありました。観光によって日本のポテンシャルを感じた結果、「日本に投資したい」という人も現れるかもしれません。私が海外の富裕層に日本を訪れてほしいと考えているのは 彼らがアイデアと社会的な地位を持っているからです。
「日本にはこんなにすごいものがあるのか」と彼らに言ってもらうことがビジネスにつながり、結果として日本に利益をもた らしてくれるはずです。富裕層の方々が自分の友人に「日本はいいところだから、 ぜひ観光してみて」とおすすめしてくれる形はもちろんあり がたいのですが、さらにその上のステージに進んで「この日本のプロダクトを一緒に開発してみたい」と真剣に考えても らう形にまでつなげていきたいのです。チャンスを掴みなが ら日本の産業の活性化を生み出していくためにも、観光の意味をサイトシーイングだけに留めることなく、ビジネスとし ても考えていくべきだと思います。観光をビジネスにつなげてくれる方々に海外から来ていた だくためには、従来よりも高いレベルで魅力をアピールしていく必要があるでしょう。
【岩屋】政策投資銀行と JTB が行った調査によると、「コロナ が収束したら、どこに行きたいですか」と世界の人々に質問 したところ、アジア、欧米、豪州ともに日本が 1 位でした。
幸いなことに、コロナ禍にあっても日本の魅力に対する評価 は減じていないということです。日本が1位になった理由についてはさまざまな分析がある のですが、1つには日本が世界で最もコロナを上手くコント ロールできていると見られていることが挙げられます。日本 は衛生的で安全な国であるという海外からの評価が、日本観 光の魅力に加わってきているということでしょう。コロナの予防対策にしっかりと取り組んでいくことが前提 ですが、インバウンドについても再び大きな可能性を持った展 開ができると思っていますし、観光業界の皆さまにも、ぜひそ のための取り組みを続けていただきたいと願っています。
観光立国を国の政策の柱に据えて以降、インバウンドの数 は加速度的に増えていきました。2030 年に 6000 万人、消費額 15 兆円という政府目標を掲げて進んできて、3200 万人、4兆 8000 億円まで上昇させたところで、コロナによって停滞せざるを得ない状況になってしまいました。しかし今後も当初の目標に向かって国はしっかりと歩を進めていただ きたいです。
インバウンドによる消費額は統計上、輸出勘定 になりますので、15 兆円を達成すれば自動車を抜いて観光 が日本最大の輸出産業となります。その形を必ず実現しなけ ればならないと私は考えています。都市部だけでなく、岸田総理の地元の広島、私の地元の大 分にも、コロナ以前はかなりの数の外国人観光客が訪れてく ださっていました。そうした地方の姿を1日も早く再現する ためにも、より一層の政府のお力添えをお願いします。
【岸田】海外の方々を惹きつける日本の自然、気候、文化、食 といったコンテンツは、コロナ禍であっても変わらず存在し ているわけです。そうしたコンテンツを使って、時期が来れ ば世界中の人々を魅了する素晴らしい観光を日本は用意でき ると確信しています。そのためにも前述した観光資源のリノベーションを継続しながら、アドベンチャーツーリズムなど を通じて日本の魅力を世界に向けて発信する必要があります。
コンテンツの充実とともに、発信する人材や方法について も準備を進め、日本の観光産業はインバウンドが再開する時 期に備えておくことが大切です。そして時期が来たならば、 観光分野は大きな可能性を秘めていることがあらためて証明 されると信じています。政府としても観光は日本経済に成長力をもたらし、地方創生の原動力になる産業であると高く評価しながら、後押しする必要があると考えています。
【デジタルを活用することで解決できる 課題は地方にこそたくさん存在する】
【岩屋】岸田総理は「デジタル田園都市構想」を掲げています が、その構想においてワーケーションなども非常に重要な ツールになってくると思います。ワーク&バケーションとい うことで半分は観光であるワーケーションを通じて、人口が 減少していく地方において関係人口、交流人口を増やしてい くことは必ず地方創生につながっていくでしょう。ワーケー ションに最適な環境を整えることも、デジタル田園都市構想 の大切な要素になるだろうと考えています。
【岸田】ワーケーションを含めて、デジタルを活用することで解決できる課題は地方にこそたくさん存在します。そこがポイントであるからこそ、5G や光ファイバーなどのデジタル インフラを地方に整備する必要があると考えています。インフラを整備した上で、デジタルを活用しながら地方の魅力を 伝えることで観光にもつなげていく。そのための基盤づくり が求められています。
その基盤の上に地方の皆さまが工夫をしながら観光をはじ めとするさまざまな産業を載せていくことで地方が日本の成長を押し上げていく形を構築し、地方が国をボトムアップさ せる経済成長の姿を期待しています。こうした発想がデジタル田園都市構想の根底にありますが、その原動力の一つとな るのは地方においてより重要な分野である観光ということに なります。
【太田】地方には伸びしろがたくさんあるという気がします。 その伸びしろをどのように伸ばしていけるかがポイントになるでしょう。さて、世界中の人々にこれから日本のどのような魅力を伝 えていくべきでしょうか。
【岸田】私が感じるのは、よりきめ細かなメニューづくりや気 配りが、これからの時代の観光には求められるのではないかということです。私が若いころは、観光といえば団体で大量の人々が一気に やって来るイメージがありましたが、今や SNS を通じて個 人で情報を集め、1人でどんどん世界を歩いていくという形 に変化してきました。こうした時代背景を考えると、観光に 関するプロモーションもよりきめ細かなものになっていく必要があるでしょう。きめ細かさにこそ大きな可能性があり、そこには世界の 人々が絶えず新しい日本の魅力を発見する糸口があるのでは ないかと感じています。
【太田】きめ細かく、丁寧に取り組むというのは日本人の得意 技であり、世界からもリスペクトされています。そこをもっと磨いていく方向性はとても有効だと思います。
【岸田】日本人はそういったことが本当に得意なのだと思います。きめ細かい心遣いによる、いわゆるおもてなしは、日本 の魅力の1つとしてアピールできる要素となるでしょう。自然や食文化といったコンテンツももちろん素晴らしいものが ありますが、心遣いの部分にも日本の観光の可能性がまだま だたくさん詰まっている気がします。
【岩屋】岸田総理のご指摘は、日本の観光にとって極めて重要 だと思います。世界中がコロナ禍を経験して、これからのツー リズムがどうあるべきかを考え始めています。旅が次第にオーダーメイドなものになってきている今、先ほど申し上げた、いかに安全に配慮していて衛生的であるのかがポイントになるのと 同時に、世界中の人々が気にしている気候変動にも目配せして いる旅であることも求められていくと考えています。日本人はそういった取り組みを進めていく能力に長けてい ると思いますので、そうした新しい魅力をぜひ日本の観光に付け加え、これから世界のマーケットに打って出ていくべき だと思っています。
【岸田】観光、旅行がオーダーメイドになり、1人1人が自由 にさまざまな形を考えられる時代が来たとき、岩屋さんが言 われる安全で衛生的、安心して観光を楽しめる国であること は大きな魅力になるでしょう。安全・安心がなければアレンジを工夫することもできませ んから、自分自身で考えた独自の観光を楽しみたいと人々が 思えば思うほど、日本が持つ魅力の潜在的な力が発揮されて いくことになるのでしょう
【太田】私たち観光業界、ホテル業界としても、そのポイントを強くアピールしていきたいと思います。ありがとうございました。