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「集団思考」

2021.02.16

おはようございます。

 

毎朝、起きだすとすぐに(どちらかと言うと気に入っている)某紙を読むのが日課になっています。それは、他紙に比べるとバランスが取れていて、政権与党に対しても程良く批判的だからであり、その批判を目にすることで気持ちを引き締めることもできるからです。

政権与党は批判されて当たり前。いつもそう思っています。それはそれでいいのですが、それでも最近の書き振り、報道の在り方については、いかがなものかとと思うことがしばしばです。

 

今朝は、ワクチン接種時期の前倒し(明日からスタート)について書かれた記事の見出しが「官邸 前倒し固執」となっていました。副題は「後手批判 回避狙う」です。

 

ワクチンの接種は一日も早くスタートしたほうが望ましい。当然です。それは国民の声であり、期待でもある。しかし、政府が努力して前倒しするとなると、今度はそれが「官邸の固執」であると言い、「批判回避のため」なのだと言う。

 

これまでもメディアが政治を語る時は「思惑」で語るのが常だったので、あたかもそれが「作法」のようになっているのでしょうが、「コロナ禍からの脱却」という目下、全国民、いや、全世界が直面している課題に真剣に取り組んでいる時に、そのような狭く歪んだ視点でしかものを報じない姿勢には正直、失望を禁じ得ないものがあります。

 

オリパラについても然り。本来、この種のスポーツの祭典は極力、非政治化されて然るべきものだと思います。むろん、政府がその開催について重たい責任を担っていることは事実ですが、本来は「縁の下の力持ち」としての役割が期待されているのであり、またそのように振る舞うことが求められている。

 

しかし、そのような望ましい環境は、ひとり政府の力でできるものではなく、国会、メディア、それぞれの理解と協力なくしては醸成され難い。それぞれの立場における「わきまえ」と「配慮」というものがなかりせば、益々、問題が「政治化」され、その本来の意義を毀損していってしまうことになりかねないと思います。

 

多分にメディアに誘導されていると思われる昨今の世情は、皮肉にもまさしく今朝の同紙のコラムの題であるところの「危うい集団思考」のように思えてならないのは果たして私だけでしょうか。

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